「あっ、もしもし……初めまして、アマです。利樹さんですよね?」

前野は初めてアマの声を耳にしたが、電話が壊れているのではと思った。
アマの声は機会加工した音声のようだった。

「はい、前野ですけど……声おかしくないですか?」

「ごめんなさい。いきなりディレクターに呼び出されて簡単なロケが入っちゃったんです。今リハ中で、ヘリウムガスの中にいるんです」

「ああ、その番組知ってます。変な声で一般人に電話をかけるやつですよね」

前野は、実際に電話されたらイタズラに聞こえるなと思った。
アマが生声ではないので、自然と緊張がほぐれる。

「そう。番組観てくれていてありがとう。それで、いま近くのスタジオにいて、これから何人かに電話をしなければ帰れないんですけど、すぐ終わると思うんです。だから、家の中で待っていて欲しいんですけど……」

「どこの家にですか?」

「私の家。誰も居ないから、勝手にあがって下さい」

「えっ!? それはさすがにできませんよ。無人の家に入るのはちょっと……」

昨日から度々ビックリすることが起こる。

「実は、頼みたいことがあるんです。私、猫を飼っているんですけど、猫の水を捨てるのを忘れて外出してしまったんです。その子、お腹の具合が悪くて、水を飲むと下痢してしまうんです。その水を利樹さんに捨てて欲しいんです。お願いできませんか?」